牛戦車

この牛戦車には夢がある!

ナイス・チュミーチュ(成)

他人に俺の感情を汚されたら俺は俺の何を汚してやろう。
 
「どいつが俺とお前の友達だった?」
 
そういう話じゃなかった。ただ勝手に女の靴を履いて出掛けて、一緒に住んでるその女に焼きごてみたいな言葉をぶつけてやりたくなってたった今部屋に戻ってきた。
 
「私ってあの汚い土付きコオロギじゃないわ」
 
だからそういう話じゃなかっただろ。女は名前を付けずに育ててたオスの子供マンチカンに熱い珈琲をかけてた。
 
「この子もう冷たくなってるから」
 
「死んだら終わりだ。お前。触るなよ俺がやる」
 
猫の埋葬なんてしたことない。俺は猫が死ぬなんてそんなの知らなかった。そんな話じゃない。
ベランダには知らない男がいた。裸の自分の体を指でなぞって干してある俺の布団のシーツに顔を埋めて興奮してる。興奮してる様が方向を持たないで進んでく虫みたいで気持ち悪い。ベランダの男は雲から出た太陽に照らされるとだから暗がりにいたかったといった塩梅の断末魔を上げながら風呂から立ち上った湯気みたいにあとはさりげない塵になって消えていく。さっきからそんな話じゃないのに。
「不快だわ全部。あなたが出掛けてる間に全て選択してしまったわ。お金も全部使ってしまったわ。あなたの分も」ずっと一体これは何の話なんだ。俺の金は俺の労働への対価だ。女はただずっと家にいて俺が仕事から帰ったら毎日部屋の物の場所は変わってるわ女に棄てられてるわ。伸びきったTシャツとかニスがとっくに剥げた青い椅子とか大事にしてそうでずっとあるのもあったが。全部俺が買ったものだ。オスの子供マンチカンも。でも決してそういった話じゃないんだこれは。 「もっと私を見てよ。あんたは早くお昼食べてこの子埋めたらまた帰って来て。私はまた監督するんだから。この部屋を世界一の野球チームにしないといけないじゃない」女は俺を見たことがない。女についた目はこの世の狂気に気を付けるためだけにあると女は言ってた。次に安全な俺の口から安全な言い訳。言いたくない話は出来なかった。そうじゃない話がずっと続いてる。
 
「二人とももっと痩せたら公園とか行こう」
 
そうじゃない話、もっと言うべき言葉があったが猫を抱えて俺は家から出た。今度はちゃんと自分の靴を履いた。歩くのに靴と足が合わないと空港にはもう辿り着けない気がしてた。俺は多分町から出たかったからそう思った。
 
 
誰かが作った俺ん家のドアの向こうから知らない女の笑い声が聞こえる。
 
始まったそうじゃない話達が暇な時間を使って美しい交尾をするんだ。