牛戦車

この牛戦車には夢がある!

面接(山本不様編)

面接を受けた。凄まじい男だった。

小綺麗な店、対面に座ったのは30そこそこの清潔感のある店主。道ですれ違ってもなんの感想も抱かないようなプレーンな外見の男性、座った瞬間完全に気圧された。

 

野生の熊と対峙したらどう感じるだろう。

存在そのものに圧倒されるなんてことは本当に初めてだった。感じた居心地の悪さに、敗北を感じた。完全に大敗を喫した。

 

面接官や社会や会社の放つ、立場を利用した、虚勢に近い余裕のあるねちねちとした高圧とは全く違う、存在そのものから発せられる圧。

俺がもつ地の力強さとか耐えてきた全てなんてなんの役にも立たなかった。今そこにいる彼にとって、俺と話すことは死人と話しているようなものだったろうと思う。

多分彼が発していた圧は生命力そのものだったと思う。

目の前に見えているものを追い求めるだけの30年間では決して身につかない凄みを感じた。

学校、社会、会社、生ぬるく肥えて生きていける世界で染み付いた、ガキでいたいの甘さと幸せになりたいのきらめきが今は全て腹立たしい。ああ、俺は23年間ただ死んでいたんだな、そう感じた。

 

対面して目を合わせて、ずっと冷や汗をかかされていた。人と関わってこんな思いをするのは初めてだった。俺は本当に生ぬるい世界に今いるなと思った。

プレッシャーをかける、意志を挫こうとするなんて意図は感じなかった。淡々とただ経験した事実を伝えてくれた。

 

社会の、人生の、生きていればお金がもらえる世界、友達がいて、恋人がいて、休み休み生きてきた今までの人生の全てが本当に生ぬるかったと思う。

流されて虐げられて生きてきた人生、孤独に浸ったり何かに憧れたり音楽を聴いたりしてふんわりと生きてきた今までの全てを否定されているように感じた。

お前はまだ全く生きていない。そう言われているように感じた。

 


お前にその気概があるのか?ほんとうにそれでいいのか?Are you sure?何度も何度もこんな問いを投げかけられる、その度何かが重くのしかかってくる。

彼が生きてきた人生の桁違いの重みに押しつぶされそうになる。

本当にいいの?大丈夫?問われるたびに纏った薄い衣が剥がされていく。

言い訳、嘘、誤魔化しが絶対に通じない世界、嘘のある奴から死んでいく世界。

逡巡しているうちに、発せられる圧に耐えているうちに気づいたら30分、今までの人生で身につけた小手先の何もかもが役に立たなかった、完全に丸裸にされた。

 

「なんでこのお店にしようと思ったんですか?」

あらかじめ用意しておいた答えを発する。

了解の奥で、今あなたが輝かせている目は何も見ていない、そうはっきり言われた気がした。

 

「今働いているお店の店主の方、ほぼ無休で働かれていると思いますが、」なんて言われたっけ、覚えてない。

 

料理、圧倒的な手仕事の美しさ。知識と技術、人間の肉体が輝き、動作の細部に神性が宿る。俺の中にある、動物の研ぎ澄まされた動作への強い憧れ。

生まれ持ったものだけで、インプットしたものの特殊さだけで、小さい紙に小さい絵を描いてセンスのある金持ちに見つけてもらってお金をもらおうとしていた自分が恥ずかしい。

1人で苦しめばいいってものじゃない、そこには殺し合いの殺伐はなかった。

服作って売ります、恥ずかしすぎる!なんで???

スマホ片手にできるような生き方を人生とは言わない。週休三日?在宅勤務?今はそのお布団に長く入っていられる余裕が汚らわしいものに感じられる。今社会に、俺の中に充満してる無気力、もはや面白いかも。

社会や己の不遇を憂いている暇なんて全くない。子どもが、親が、環境がどうこうとか、今まだ生きてきた全てが本当に片腹痛い。

嗜好品もセックスも鑑賞も観光も軽快なユーモアも全てゴミ箱に捨てた、見かけの良さなんて気にしない、ただ汗をかいて手をボロボロにして渾身で生き抜いた先にいる人だと感じた。

彼と対面して、自分の不遇を数えることで何もない人生を肯定する、なんてテクは通じない、そう感じた。

 

俺の人生はこれからどんどん熱くなる。熱くて苦しくなる。いろいろなものをひとつひとつ手放していくことになる。苦しくて熱くて、でもそのうち汗ひとつかかなくなってくる。

面接の時、俺は発される圧に、のしかかる未来の重みに必死に耐えようとしていた。俺ならやれるはず、頑張れるはず、大丈夫。

でもそうやって必死に何かを言い聞かせながら耐えてるうちはダメなんだと思う、絶対に折れてしまうのがわかる。

そう、"耐える"ではダメなんだ、もう。

後手に回ったらおしまいだ。攻撃的に、挑戦的に、果敢に、それができないやつから折れていく。

どんだけ苦しくても俺頑張れるっす!忙しくてきつい仕事大好きなんす!それじゃダメなんだ。肉体じゃない、体力勝負じゃない。精神の戦いだ。

俺は今殺伐に憧れているだけ、殺伐の中にいたことは一度もない。目線の先で流される汗がキラキラしたものに見えているうちはまだ甘い。甘えと希望的観測が多すぎる。

「十分だ」と心から言えない人生を歩んできた。だから言い訳が必要だった。だから負けたと感じた。俺は弱くて生ぬるすぎる。

人生って精神の戦いで、人生って殺し合いなんだ、自分との。俺が求めてるのこれだ。ガチで自分と殺し合ったことある?そして勝利したことある?俺はまだない。

"悩み"って、多分マジで全部くだらない、悩みなんて暇人の娯楽だ。悩んでる暇なんてもうない。哲学者ぶって何かを憂いてた今までの全てが恥ずかしい。

自分と同格、一歩間違えれば殺されるような相手と対峙してる時に、うーんどうしようかななんて絶対言えない。生ぬるかった、今まで。本当に。

イケメンとか、は?マジでセンスいいイケメンってだけでチヤホヤされてきた今までの色々が今は恥でしかない。悔しい。顔もぐちゃぐちゃにしてやりたい。生きたい!歩きたい!言い表せない悔しさと嬉しさが今同時にある。この道だと強く感じる。名前も名乗ってくれなかったあなた、出会えてよかった、ありがとう!

俺の体から生ぬるい社会ボケの全てを削り落とすまで俺は苦しむと思う。でもその先にあるのが本当の人生だと思う。今やっと道が見えた。汚い道だけど、俺はやっと本当の生き物になれるんだと思う。その先で誰かに何かを伝えられるといいと思う。

帰り道、スズメバチに付き纏われて首をすくめながらひょこひょこ歩いてる痩せた男と違った、死ねよと思った。

まず痩せてることにむかついたのと、必死で走って逃げろや!と思った。