牛戦車

この牛戦車には夢がある!

ネイバーフッド(ヤッチボーイ)

*この記事は筆者がまだ京都に住んでいた2022年7月に書かれたものです。
 
部屋の窓からはソテツの木が見える。それはアパートの敷地を区切るブロック塀から顔を覗かせている。ソテツの存在に気づいたのは引っ越してから4、5ヶ月経った頃だった。ソテツの下半身は見たことがない。
 
上の階の住人がエアコンを回すとポタポタ水が落ちてくる。上の階のやつは嫌なやつである。とにかく大きな声で笑うし、だいたい毎日友達か女を連れ込んでいるようだし、連日明け方までうるさくしていたこともあった。何度か直接注意しに行った。大家さんから電話で注意された時、「身に覚えがないです」と答えたらしい。ペテン師だ。
我がベランダにお届けされる雫、つまりそいつの部屋の空気が凝縮された一滴一滴が、室外機の回転音とともにリズムを刻み出し、ベランダの床は夏の間カビのような苔のような色合いに変わる。
 
ごくたまに喘ぎ声が聞こえてくる時もある。それは恩恵と捉えるようにしている。上の階のやつは生活リズムが終わっているので、やるときは朝刊が届くくらいの時間にやっている。それで眠りが中断したときは、窓辺に行き、息を潜めながらそいつらの声を聞いている。でも、その時間が夢だったと言われると、はっきりとは否定できない。夢とうつつの狭間の喘ぎ声。
 
ブロック塀を挟んで一軒家が並んでいる。そこに住む人たちの生活音もたまに聞こえてくる。洗濯物を取り込んでいるのか、鉢植えをいじっているのか知らないが、他人の家の音は何か魅力的である。その人たちの生活をイメージしてみる。大体ランニングシャツを着ているような感じがする。
 
外の音に耳を澄ませるのは、札幌の実家にいた頃からそうだった。実家の向かいには廃屋と言っても差し支えないボロアパートが立っていて、聞こえてくる音でどの人が帰ったのかがわかった。なかなか眠りに入れない夜は街中のあらゆる音が聞こえるような感じがした。
 
向かいのボロアパートの4部屋のうち左下の部屋には、シワクチャで肌が黒ずんでいて痩せ細って声のガサガサなおばあさんが住んでいた。子供の頃からこのおばあさんによく面倒を見てもらっていた。しかし、幼心に、そのおばあさんが他のおばあさんと同じ生き物だとは思っていなかった。あまりにシワクチャで黒ずんでいて痩せ細っていたからである。
その家には俺の10歳年上くらいの孫も住んでいた。なんだか汚かったし、感じが悪い人だった。小学生の頃、その人から第1世代のベイブレードをお下がりでもらった。他の友達が最新式のベイブレードで戦う中、俺のだけ規格外にデカかったので、あらゆる敵を跳ね飛ばしていた。
そのベイブレードは、もらったときなぜかコンソメの臭いがしていた。その時以来コンソメのポテチがあまり好きではない。