牛戦車

この牛戦車には夢がある!

綿菓子なんて眼中ねえぜ(幸坂)

お腹が空いた途端、たまたま昼時だったこともあり昼食の事を考えた。

昼食を食べている自分の姿が頭に浮かんだが後ろ姿のため何を食べているかはわからない。つまり昼食を決めるには自分で一から考えなければいけないということだ。ナポリタン、ハンバーグ、唐揚げ、フランクフルト、ホットドッグ、アメリカンドック、餃子、ピザ、ウインナー、オムライス。様々な料理を思い浮かべては四隅へ流す。洋風な料理が多いのはソファに座っているからなのか、だとしたらそれはフェアじゃない。脳内のバランスを保つため、下駄箱という字を紙に書いて目の前に貼っておく。焼き鳥に決まった。

嵩張るベルトを巻きより重くなった腰をあげる。運良く近所に焼き鳥屋があるので食べることを再度決めた。焼き鳥に決めたのだが続いてどの種類にするかを決めなくてはならない。母と弟には打ち明けているのだが内蔵系が苦手だ。姉と父には今後打ち明ける予定だが、姉は既に知っているので知識が二重になってしまう。内蔵系が選択肢から叩き出された今、残された数種類の中でも美味しさが頭一つ抜けているつくねに決めてしまうのは空腹故なのか。その焼き鳥屋は全体的に美味しいがつくねが特に美味しい。タレではなく塩のつくねだ。十数回食べているのだ、その美味しさはもちろんわかっている。

玄関のドアを開けると隣人もドアを開けたところだった。落ち着いて周りを見ていれば、隣人が家から出るのか家へ入るのかまだ判断がつかないとわかるのだが、家から出るのだと勝手に決めつけてしまった。そして隣人は案の定家から出るところだった。見る限り、隣人はこちらを一方的に見ている。パンッ、パンッと細かく目線がぶつかり、本腰入れて目線が隣人との間でぶつかる。鍔迫り合いになり同時に綱引きをする。それは正真正銘引っ張ることを禁止されていない押し相撲。気づけなかった何かの拍子に目線は破裂し「こんにちは。」と隣人が言った。隣人が階段を降りる様子を、後頭部から折り返しての前髪の様を静かに見ていることしかできなかった。ドアの閉まる音は枯れ葉が挟まった為か静かで、ドアが閉まったから鍵をかけた。

隣人の跡をつけるわけではないのだが同じように階段を降りる。「あ、い、さ、つ、」と一段一段降りる度に意識させられる。「い」で地面に着いたので十段か十四段だ。挨拶をされ、図らずも口を動かすことはなく、唇の内側をチラつかせることなどは全く以ってだ。勢いのある「こんにちは。」で見た通り挨拶をする人だと認識されたい、できることなら小鳥達の足長おじさんとまで認識されたい。いつも理想の認識先に向かって伸ばした手を、憎っくき人見知りは何度も何度もはたき落としてくる。何本も突き指しているので遠慮して貰いたいが、またはたき落とされる。貴重な隣人という関係だ、玄関前の掃除を手伝うくらいはやって貰いたい。しかし今回でその道には茨が生えてきただろう。次も挨拶を言い損じてしまうと生ハムをいくら横流ししようとも掃除を手伝って貰えなくなるだろう。それ程あの挨拶は重要なものだった。人見知りというのは人質にするにはあまりにも骨太で、帳消しにする取引には到底向かない。

つくねのことを考えていたから挨拶に反応できなかったのかもしれない。人見知りを両手に抱えてる身なので挨拶するにも手が空いてなかったのが原因だと考えていたが、つくねが挨拶の侵入を防ぐ防波堤の役割を担ってしまったのかもしれない。つくねの常套手段だ。つくねは見た目に反して誘い文句が豊富で、あれよあれよと仲間を増やしうたた寝をしようものならつくねに囲まれ首が回らなくなる。とは言えそんなつくねであっても人見知りのやつと比べて、挨拶妨害に有利だとは決めかねる。どちらが隣人との仲を切り裂いた悪者なのだろうか。

歩を止めることなく駅に近づくと、唾液に囁くような焼き鳥のいい匂いがまずは鼻へ。この匂いはつくねと人見知りどちらの味方につくのだろうか。

売り切れていたから全部つくねのせいになった。