牛戦車

この牛戦車には夢がある!

転校生(幸坂)

鶴の一声。「自己紹介お願いします。」教師である私の、今後とも揺らぐ隙きのない文言によってこの転校生は「サナイトシです。」と名乗った。先生として、私は悩んだ。彼はサナイトシではない。黒板に書いてある名前だってサナイトシではなく竹奈良和真だ。私は間違いなく竹奈良和真と書いた。今だって私の目の先っぽから数十センチ程離れたところに貼り付けてある黒板には竹奈良和真と堂々と書いてある。これは見間違いなどではない。緑を眺めた後にもう一度見たって竹奈良和真から変わったりはしない。十中八九、竹奈良和真と書いているのだ。彼が心新たに自己紹介ができるのならば再び名前を書いたって構わない。今書いてある名前の横に添えようか、はたまた下から支えてくれようか、慣れたものではないので慎重にある程度の距離を取っておいた方が得策かもしれない。ただし今のを跪かせるように書くことだけはなんとしてでも避けたい。孔子に温故知新の精神で書いていきたいのだ。何かがおかしい、そう思ったのはそうこうしている最中のことだった。私は慌てて周りを見渡した。私が首を左に捻った際に彼のお尻を見かけた、彼はどこかでトイレを利用したのかズボンが少し食い込んでいた。

サナイトシとは私の亡くなったお方と同名だ。同性かはわからない。サナイトシについては娘に口酸っぱく言いつけている。私の亡くなったというのはサナイトシという方が親戚でなければ知り合いでもないからだ。ある日なんの予約や前兆もなくお便りが届いた。「サナイトシについてですが御臨終とさせて頂きます。つきましては各々でお悔やみ申し上げて下さい。」この文章からサナイトシが亡くなったと察するのはいとも容易であった。公民の教師なだけあるだろう。